カテゴリ:第5話 亡くなった人を送る夢( 1 )

 児玉さんからメールが入って来ました。

児玉 おはようございます。
    今朝、夢を見ました。
    私の役割を問い掛けながら寝たんですが、

亡くなった叔父と、他にも二人ほどを
私が車に乗せてどこかに連れて行ってるとこでした。

    相変らず、短い夢ですが、亡くなった人がからんでるんで、
    それで閻魔様に会う必要があったのか?
    と自分なりに考えたりしたとこですよ。

    今まで四回程ですけど、
    人の死に関して夢でお知らせがあったり、
    長く会わない人に久し振りに会った後に、
    その方が亡くなったりした事があったんで、
    そんな、まるで引導を渡すみたいな役は嫌だと思ったことがあるんですよ。

ルナ シルバー・バーチという人の本によると、
    あの世の方から見ると、
    私たちが死んだ後、
    どこに行ったらいいのか分かっていないので、
    迷惑しているそうです。

    中には、死んだらお墓に入るという話を真に受けて、
    お墓の前で待っている人もいるとか。

    キリスト教圏では、
    最後の審判を受けなければならないと言って、
    待ち続ける故人もいるんですって。

    それで、あの世では
    そんな人たちを再教育するのが大変なんですって。

    児玉さんがそれをしてくれるのなら、
    素晴らしいお役目だと思いますが。

児玉 うーん…。私もよく分かっていないし、考えきらないので、
    自分のインスピレーションに従って行こうかとゆう感じです。
    色んな話を聞かせて下さいね。
    その中にチャンスやヒントがあるんだと思います。
    よろしくお願いします。

ルナ これが始まりなんでしょうね。
    あるがままで充分なのだと思います。

           *

何か不思議なことになって来ました。

児玉さんの叔父さんは最近亡くなったばかりでした。
叔父さんは目が不自由で、児玉さんは毎日通って世話をしていました。

その叔父さんともう二人を、夢の中でクルマに乗せて送って行ってます。
行き先はあの世でしょうか。

児玉さんは寝る前に「役割を尋ねながら」寝ています。
その答えがこれだとすると、そうなのかも知れません。

閻魔さまの夢→亡くなった叔父さんを送る夢。

何やら、想像もつかない事になりました。

私たちは死んだ後も、今の思い込みを持って行って、行動するのでしょうか。


チベットの『死者の書』は、死後の四十九日の出来事を教える。

チベット仏教の『死者の書』読んだとき、
死後の四十九日の世界が描かれていて、仰天した事があります。

一週間ごとに光が現れて、死んだ人を助けに来ます。
だから、その光の中に飛び込みなさいと教えるのが、『死者の書』です。

しかし、人間は誰もがその強い光を恐れて、
もっと弱い光の中に飛び込もうとするのだそうです。
それで、次の週には少し弱くなった光がやってくるので、
今度こそ飛び込みなさいと教えます。

それでも、怖くて弱い方の光に飛び込み続けて、
最後には懐かしい人間の子宮に飛び込むだろうと教えます。
それに失敗すると、動物の子宮に生まれる事になってしまうよと。

その光とは男神と女神が交合した姿をとっています。
日本の仏像とは全く違います。
これが、チベットから日本にやってくるまでに、別の形に変形した訳です。

このように四十九日でさえ、お国柄で変化してしまっています。
死んだらどうなるのか。
これは、死んだあと戻って来た人がいないので、知りようがないのですが…。

児玉さんの夢は、夢に過ぎないにしろ、
普段考えもしないテーマなので、これまた興味深いものです。

この先の夢はどうなるのでしょうか。



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by yumemiryoku | 2010-01-31 17:38 | 第5話 亡くなった人を送る夢