第4話 閻魔さまの夢


その三日後の夢です。

私がトコトコと歩いていると、
「御目通し」という声が左の上の方から聞えてきました。
立ち止まって「ん?」と声の方を見上げると、
真っ暗な中に炎が見えました。
その炎は巨大な人の輪郭を浮かび上がらせていました。
数メートルはありました。
座っていました。

顔の方までは見えないほど大きかったです。
服は真っ暗で見えません。

その人の内側から燃えているマグマの炎が
服のすきまから、ちらちらと洩れ出たような感じで、
それで、人の姿だとわかりました。
「閻魔さまだ。」と思いました。

コクンと頭を下げて、私は再び、トコトコと歩いていきました。
その先も後ろも漆黒のカーテンを下ろしたように真っ暗でした。



児玉 なんで閻魔さまが出てくるのかなと思いましたよ。
ルナ だれか家族がそんな話をしたりしていませんでしたか?
児玉 いいえ、まったく。
    こんなに大きなのが出て来たのも、
    「何で。」って感じでしたよ。

ルナ それは、生きていたの?像だったの?
児玉 生きてた。
ルナ それはあの世?それともこの世?
児玉 この世じゃない。あの世の手前かな。
ルナ 「御目通し」?
    それってそのままの夢じゃない?

夢の状況は、児玉さんが歩いていると、
頭上から声がして、
そちらを見ると、巨大な人間が座っていたというのです。

あたりは真っ暗で、何も見えないけれど、
その巨大な人間は内側から燃えていて、
その炎が着ているものの隙間からチロチロと出ているので、
その輪郭をたどると人間の姿が浮き上がっていたという事です。

これが閻魔だと児玉さんは直観しています。
「お目通し」とは、普通は見通されるという事ですが、
この時は閻魔さまとご対面のニュアンスでした。

彼女はなにか霊的なものとコンタクトを取ったのでしょうか。

明らかに見えない世界との交流の幕開けです。

同じ閻魔を見た人がいた。

さて、この閻魔さま?を見たのは意外にも、
児玉さんだけではありませんでした。

後ほど、児玉さんは全く同じものを夢で見た人に
出会いました。

その人によると、
閻魔大王は人が地獄に落ちないように、
慈悲の心で亡くなった人を助けているのだそうです。
普通は地獄に落とすと言われているのに、
逆に落ちないように助けているという事です。


地獄の歴史は新しいよ。

人は死んだ後に閻魔さまからその一生を見せられて、
嘘をついていたら舌を抜かれて地獄に落とされると、
ルナも子供の時にお盆に聞かされたことがあります。

しかし、大人になって、調べてみると
この地獄という概念は鎌倉や室町時代に作り出されたものだ
というのが分かりました。
結構新しい話なのですねえ。
それこそだまされてました。

仏教を始めたゴータマ・シッダルタの教えからは、
はずれてしまっている概念です。


舌を調べるのは何故?

古代中国では、身分のある人が亡くなると、
埋葬するときに、
口にその人の名や身分を刻んだ玉を含ませる例があるそうです。
死んだあとも、この身分証が役に立つ思想があった訳です。
これが舌を調べるという言い伝えに変化したと思われます。


それでは夢に出て来た閻魔大王とはなんでしょうか。

こういう事から、地獄や閻魔大王とかは信じていないのですが、
児玉さんと、もう一人の人が全く同じ姿を夢で見たというのですから、
考えてみなくてはならなくなりました。

死んだ後に経験する現象について、
擬人化しているのかも知れないなとは思いました。

児玉さんにあの世かこの世かと尋ねると、
「この世じゃない。あの世の手前かな。」
という事ですから、仏教で言う、中有、バルト、
四十九日、あの世とこの世の中間と言うことになります。

臨死の報告さえ、国によって違うよ。

人が死んだ後どうなるかについて、
臨死体験をした人の話を集めた本によると、
多くの日本人は川の前に出たり、
花の咲き乱れるところに行ったと答えています。

ルナも臨死体験した人から、
同じようなパターンの話を直接聞いたことがあります。

が、このパターンはお国柄で違うそうです。

自分では影響されていないつもりでも、
それぞれの国の集合意識の範囲の中で
臨死の体験を報告する事が分かりました。

そこで、もっと純粋な死後の世界を知る事が出来ないかと、
研究者たちが考えて、
臨死体験した子供で、
死後の世界の情報が耳に入るには幼すぎる子供たちに聞くと、
光やトンネル、光輝く導きの人たちなどを見ていると
報告されています。


死んだ後に経験する現象がある?


死んだ後には、自分の一生を振り返るという現象が、
臨死体験した人たちからはかなりの頻度で報告されています。

もし、これが本当だとすると、
見せてくれるのは、やはり
ハイアーセルフやガイドの人たちかなと思いました。
この存在はいろんな姿に変わるので、
閻魔の姿をとってもいい訳です。

よく仏像で見る閻魔の姿は、昔の中国の裁判官のファションだそうです。
柔和な顔の閻魔像も、もちろんあるのです。

児玉さんが夢で見た、
「真っ暗で内側からの炎で輪郭が分かった」というのは、
原型に近いのかなと思いました。

私たちが、ネットで、夢を公表しあうと、
このあたりが見えて来て、面白いかも知れませんね。


それにしても、もし、死んだ後に、
自分の一生を振り返ることがあるとすれば、
私たちは大変苦しい事になりそうです。

この一生を振り返る現象を
走馬灯のように見せられるといいます。
これは、昔の人がこの現象を言い表すのに一番近いもので
説明したんでしょうね。

走馬灯を知らない現代っ子たちは、
テレビや映画で見せられたと
言うのかも知れません。


それにしても、児玉さんの夢の描写にはリアルな迫力がありました。
「霊夢」と言うものでしょう。

この類の夢は聞けば聞くほど細やかな部分まで
教えてもらえるのが特徴です。



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by yumemiryoku | 2010-01-22 11:13 | 第4話 閻魔さまの夢