第6話 マンダラの夢

 「マンダラの夢」というのはユングが提唱し始めたものです。

私たち日本人は密教寺院に行くと、
金剛界曼荼羅や胎蔵界曼荼羅というものを拝見することができます。
これとユングのいうマンダラとはルーツは同じです。
  
 ユングは自分自身が精神的に不安に陥ったとき、
「円」を基調とした図を描くと心が落ち着いた経験を持っていました。
そして、自分の患者が心理的危機に陥ったり、
また、そこから立ち直る時に、
同じような夢を見ることに注目しました。

 その後、ユングはチベット仏教に出会い、
そこで「円」と「四角」を基調とした構成の曼荼羅があることを
知りました。
 そこで、そのようなシンボルを持つ夢を心理学的に
「マンダラの夢」と名付けました。

マンダラの夢は、人の心のバランスが崩れかかるとき、
あるいはそれが一つにまとまりかける時に立ち現れます。
心の危機を解消し、治癒する力を持っています。


そこまで危機状態になくても、変化や転換期に、
または大いなる癒しとして現れるのではないかと思っています。


曼荼羅は宇宙を描いたもの

曼荼羅図は宇宙という多次元の世界を平面に写そうとした時、
先人たちが、円や四角という幾何模様を使って、
あるいは仏や菩薩という擬人化したものを使って
表現しようとしたものです。
苦心の賜物です。

仏とか菩薩というと、日本人にはなじみがありすぎて、
「ああ、あれね。」で終わってしまいがちです。
あるいは「有難いもの。」で済ませてしまうかも知れません。
それでは先人たちが伝えたかった真意が見えてきません。
もったいないですよね。

「システム・オブ・ユニバース」(宇宙の仕組み)。
これがマンダラを理解するのにぴったりです。

 マンダラの夢とは「宇宙の夢」でもあるわけです。

さて、山崎さんの夢に戻りましょう。

「宇宙のど真ん中のヘビ」はまさにマンダラの夢です。
この夢は彼女をどこに向かわせようとしているのでしょうか。
あるいは、彼女を癒し、変化をもたらそうとしているのでしょうか。

このような根源的な夢に対しては、解釈を急ぐ必要はありません。
調べ物をしたり、連想をしたりして遊ぶことから始めて、
ゆっくりゆっくりと進む事になります。
それこそ十年後にやっとわかる事かも知れません。

 
 この夢を見たころから、山崎さんは何をやりたいのか、
具体的なものが見えてくるようになりました。
将来について、定年が近いご主人との会話も増えました。

漠然と見ていた将来の夢に、
田舎で二人で畑をしたいというものがありました。

ある日、ご主人の出張先で、手入れしていない空き地を見つけて、
草取りをし始めました。
花を植え、野菜を植え、いつのまにか、小さな畑ができました。
週末になると、きゅうりやトマトの成長を楽しみにする二人の姿がありました。
こうして、知らない間に、人生を再び歩み出していました。


新たな課題へ


一連の成果が上がると、次の課題が出て来ました。

山崎さんの「何をしたらいいのかわからない」という悩みは
「これでいいのかしら」に変わって来ました。
そして、畑だけではなく、「もっと何かしなくてはいけない」
という思いが残りました。

このような思いを無視してはいけません。
過去生から持ち越した魂のカルマから来る思い癖なのか、
あるいは子供のころのトラウマ(心の傷)なのか。
あるいは魂の、人生の目的に向かわせようとする「聖なる悩み」の
可能性もあります。

 その課題があきらかになっって来たのは、九月でした。
 山崎さんの所属していた夢セミナーは七月に終了しました。
そこで、私は平行して行っていた御堂のセミナーに誘いました。
それが九月。
九回目のセミナーの時でした。

複合したトラウマ

御堂に着くと、山崎さんは緑あふれる御堂のたたずまいに
すっかり感動したようすでした。
不動明王のすぐ前で、セミナーは始まりました。
一段落したときです。

唐突に「天上天下唯我独尊とはどういう意味ですか。」と
山崎さんが尋ねました。

 一瞬、シーンとなってしまいました。
もちろんわたしは、辞書以上の意味は知りません。
質問の真意を図りかねて、「自分で考えてください。」と答えました。

 ところが、山崎さんはこれですっかり落ち込んでしまったそうです。
後日、二人だけで話し合いました。

ルナ あの言葉の意味が分からなくて、落ち込んだのではなく、
    質問して答えてもらえなかったことに対して傷ついたのですね。
    「答えてもらえないのは、嫌われているから」と言う思い癖が
    あるのではないですか。

    幼い頃って、「なぜ、なぜ。」と質問する時期が誰にでもありますよね。
    そんなとき、親が忙しくてかまってもらえなくて、
    不機嫌に答えられた記憶などがあるのかも知れませんね。
    どうですか。
    少し振り返ってみて下さい。

山崎 そういえば誰にでも聞く癖があります。

ルナ 話を戻しますが、「天上天下唯我独尊」の真意を、
    私のようなものが知るはずはありません。

    ただ、夢日記をつけていくと、登場人物も、家も車も、
    何もかもが自分自身だと深いところで気づく時が来ます。

    夢の中でも現実でも、自分がすべてを作り出しているのではないかと、
    考え始める時が来るのです。
    そのことが、「唯我独尊」に近いかも知れません。

    もちろん、このような境地を体験するには私の人生経験が浅すぎます。
    が、この真意を求めようとする心が大切なんだろうなと思っています。


どうせ信じてもらえない

山崎さんは、夢日記をつけ始めたとたん、
このように不思議な夢や、不思議な体験が始まったのですが、
家族には何も話さないでいます。

その理由を尋ねると、「どうせ信じてもらえない。」という事だそうです。
まだ一言も話していないのに、
すでに拒絶されたイメージを持っているのです。

これは、子どもの頃のトラウマに加えて、
過去生からのトラウマも考えてみる必要があります。

 過去生で厳しい修行をして、その時、瞑想で得た神秘体験を
周りの人たちに受け入れられず、苦しんでいる姿が見え隠れします。
それが、今でも思い癖となり、現世を歩む足かせに
なっているようにも思われます。

「自分で考えて下さい。」という言葉に対する強い反応から、
直面して考えていくテーマが具体的に見えてきました。

心を苦しめる思い込みのパターンが分かった

 質問をして答えてもらえないと、拒否されたように思ってしまうパターン。
 話をしてもどうせ受け入れてもらえないと、思い込むパターン。

 山崎さんの心を苦しめるものの姿が見え始めました。

まずは、これは単なる夢や瞑想で見た話なのだから、
「不思議なんだけど、ちょっと聞いてくれる?」
と話すことから始めるのが一番だと思われます。

所詮、夢なのですから、これを信じてもらったり、
説得して理解してもらうような事ではないのです。

この人生に与えられたテーマ

「表現すること」、これが本人に繰り返し与えられているテーマです。

 夢日記も解釈をあせらず、イラストを描いたり色を塗ったりして、
楽しむ事から始めるといいのです。

そういう意味でもこの「宇宙の中心のヘビ」は山崎さんに変容を求め、
その間、心理的バランスがとれるようにサポートしてくれているのかも
知れません。
山崎さんはこれまでの心の傷を癒す旅が始まるのでしょう。

彼女が見た「始まりの夢」を思い出すと、
最初に選んだ「下の厳しい道」とは、心の傷を再体験して、自覚して、
癒していくという精神的に厳しい道でした。




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孔雀明王曼荼羅
綾杉 るな
パッチワーク・キルト



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by yumemiryoku | 2009-12-08 21:49 | 6話 マンダラの夢