児玉さんからメールが入って来ました。

児玉 おはようございます。
    今朝、夢を見ました。
    私の役割を問い掛けながら寝たんですが、

亡くなった叔父と、他にも二人ほどを
私が車に乗せてどこかに連れて行ってるとこでした。

    相変らず、短い夢ですが、亡くなった人がからんでるんで、
    それで閻魔様に会う必要があったのか?
    と自分なりに考えたりしたとこですよ。

    今まで四回程ですけど、
    人の死に関して夢でお知らせがあったり、
    長く会わない人に久し振りに会った後に、
    その方が亡くなったりした事があったんで、
    そんな、まるで引導を渡すみたいな役は嫌だと思ったことがあるんですよ。

ルナ シルバー・バーチという人の本によると、
    あの世の方から見ると、
    私たちが死んだ後、
    どこに行ったらいいのか分かっていないので、
    迷惑しているそうです。

    中には、死んだらお墓に入るという話を真に受けて、
    お墓の前で待っている人もいるとか。

    キリスト教圏では、
    最後の審判を受けなければならないと言って、
    待ち続ける故人もいるんですって。

    それで、あの世では
    そんな人たちを再教育するのが大変なんですって。

    児玉さんがそれをしてくれるのなら、
    素晴らしいお役目だと思いますが。

児玉 うーん…。私もよく分かっていないし、考えきらないので、
    自分のインスピレーションに従って行こうかとゆう感じです。
    色んな話を聞かせて下さいね。
    その中にチャンスやヒントがあるんだと思います。
    よろしくお願いします。

ルナ これが始まりなんでしょうね。
    あるがままで充分なのだと思います。

           *

何か不思議なことになって来ました。

児玉さんの叔父さんは最近亡くなったばかりでした。
叔父さんは目が不自由で、児玉さんは毎日通って世話をしていました。

その叔父さんともう二人を、夢の中でクルマに乗せて送って行ってます。
行き先はあの世でしょうか。

児玉さんは寝る前に「役割を尋ねながら」寝ています。
その答えがこれだとすると、そうなのかも知れません。

閻魔さまの夢→亡くなった叔父さんを送る夢。

何やら、想像もつかない事になりました。

私たちは死んだ後も、今の思い込みを持って行って、行動するのでしょうか。


チベットの『死者の書』は、死後の四十九日の出来事を教える。

チベット仏教の『死者の書』読んだとき、
死後の四十九日の世界が描かれていて、仰天した事があります。

一週間ごとに光が現れて、死んだ人を助けに来ます。
だから、その光の中に飛び込みなさいと教えるのが、『死者の書』です。

しかし、人間は誰もがその強い光を恐れて、
もっと弱い光の中に飛び込もうとするのだそうです。
それで、次の週には少し弱くなった光がやってくるので、
今度こそ飛び込みなさいと教えます。

それでも、怖くて弱い方の光に飛び込み続けて、
最後には懐かしい人間の子宮に飛び込むだろうと教えます。
それに失敗すると、動物の子宮に生まれる事になってしまうよと。

その光とは男神と女神が交合した姿をとっています。
日本の仏像とは全く違います。
これが、チベットから日本にやってくるまでに、別の形に変形した訳です。

このように四十九日でさえ、お国柄で変化してしまっています。
死んだらどうなるのか。
これは、死んだあと戻って来た人がいないので、知りようがないのですが…。

児玉さんの夢は、夢に過ぎないにしろ、
普段考えもしないテーマなので、これまた興味深いものです。

この先の夢はどうなるのでしょうか。



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by yumemiryoku | 2010-01-31 17:38 | 第5話 亡くなった人を送る夢

第4話 閻魔さまの夢


その三日後の夢です。

私がトコトコと歩いていると、
「御目通し」という声が左の上の方から聞えてきました。
立ち止まって「ん?」と声の方を見上げると、
真っ暗な中に炎が見えました。
その炎は巨大な人の輪郭を浮かび上がらせていました。
数メートルはありました。
座っていました。

顔の方までは見えないほど大きかったです。
服は真っ暗で見えません。

その人の内側から燃えているマグマの炎が
服のすきまから、ちらちらと洩れ出たような感じで、
それで、人の姿だとわかりました。
「閻魔さまだ。」と思いました。

コクンと頭を下げて、私は再び、トコトコと歩いていきました。
その先も後ろも漆黒のカーテンを下ろしたように真っ暗でした。



児玉 なんで閻魔さまが出てくるのかなと思いましたよ。
ルナ だれか家族がそんな話をしたりしていませんでしたか?
児玉 いいえ、まったく。
    こんなに大きなのが出て来たのも、
    「何で。」って感じでしたよ。

ルナ それは、生きていたの?像だったの?
児玉 生きてた。
ルナ それはあの世?それともこの世?
児玉 この世じゃない。あの世の手前かな。
ルナ 「御目通し」?
    それってそのままの夢じゃない?

夢の状況は、児玉さんが歩いていると、
頭上から声がして、
そちらを見ると、巨大な人間が座っていたというのです。

あたりは真っ暗で、何も見えないけれど、
その巨大な人間は内側から燃えていて、
その炎が着ているものの隙間からチロチロと出ているので、
その輪郭をたどると人間の姿が浮き上がっていたという事です。

これが閻魔だと児玉さんは直観しています。
「お目通し」とは、普通は見通されるという事ですが、
この時は閻魔さまとご対面のニュアンスでした。

彼女はなにか霊的なものとコンタクトを取ったのでしょうか。

明らかに見えない世界との交流の幕開けです。

同じ閻魔を見た人がいた。

さて、この閻魔さま?を見たのは意外にも、
児玉さんだけではありませんでした。

後ほど、児玉さんは全く同じものを夢で見た人に
出会いました。

その人によると、
閻魔大王は人が地獄に落ちないように、
慈悲の心で亡くなった人を助けているのだそうです。
普通は地獄に落とすと言われているのに、
逆に落ちないように助けているという事です。


地獄の歴史は新しいよ。

人は死んだ後に閻魔さまからその一生を見せられて、
嘘をついていたら舌を抜かれて地獄に落とされると、
ルナも子供の時にお盆に聞かされたことがあります。

しかし、大人になって、調べてみると
この地獄という概念は鎌倉や室町時代に作り出されたものだ
というのが分かりました。
結構新しい話なのですねえ。
それこそだまされてました。

仏教を始めたゴータマ・シッダルタの教えからは、
はずれてしまっている概念です。


舌を調べるのは何故?

古代中国では、身分のある人が亡くなると、
埋葬するときに、
口にその人の名や身分を刻んだ玉を含ませる例があるそうです。
死んだあとも、この身分証が役に立つ思想があった訳です。
これが舌を調べるという言い伝えに変化したと思われます。


それでは夢に出て来た閻魔大王とはなんでしょうか。

こういう事から、地獄や閻魔大王とかは信じていないのですが、
児玉さんと、もう一人の人が全く同じ姿を夢で見たというのですから、
考えてみなくてはならなくなりました。

死んだ後に経験する現象について、
擬人化しているのかも知れないなとは思いました。

児玉さんにあの世かこの世かと尋ねると、
「この世じゃない。あの世の手前かな。」
という事ですから、仏教で言う、中有、バルト、
四十九日、あの世とこの世の中間と言うことになります。

臨死の報告さえ、国によって違うよ。

人が死んだ後どうなるかについて、
臨死体験をした人の話を集めた本によると、
多くの日本人は川の前に出たり、
花の咲き乱れるところに行ったと答えています。

ルナも臨死体験した人から、
同じようなパターンの話を直接聞いたことがあります。

が、このパターンはお国柄で違うそうです。

自分では影響されていないつもりでも、
それぞれの国の集合意識の範囲の中で
臨死の体験を報告する事が分かりました。

そこで、もっと純粋な死後の世界を知る事が出来ないかと、
研究者たちが考えて、
臨死体験した子供で、
死後の世界の情報が耳に入るには幼すぎる子供たちに聞くと、
光やトンネル、光輝く導きの人たちなどを見ていると
報告されています。


死んだ後に経験する現象がある?


死んだ後には、自分の一生を振り返るという現象が、
臨死体験した人たちからはかなりの頻度で報告されています。

もし、これが本当だとすると、
見せてくれるのは、やはり
ハイアーセルフやガイドの人たちかなと思いました。
この存在はいろんな姿に変わるので、
閻魔の姿をとってもいい訳です。

よく仏像で見る閻魔の姿は、昔の中国の裁判官のファションだそうです。
柔和な顔の閻魔像も、もちろんあるのです。

児玉さんが夢で見た、
「真っ暗で内側からの炎で輪郭が分かった」というのは、
原型に近いのかなと思いました。

私たちが、ネットで、夢を公表しあうと、
このあたりが見えて来て、面白いかも知れませんね。


それにしても、もし、死んだ後に、
自分の一生を振り返ることがあるとすれば、
私たちは大変苦しい事になりそうです。

この一生を振り返る現象を
走馬灯のように見せられるといいます。
これは、昔の人がこの現象を言い表すのに一番近いもので
説明したんでしょうね。

走馬灯を知らない現代っ子たちは、
テレビや映画で見せられたと
言うのかも知れません。


それにしても、児玉さんの夢の描写にはリアルな迫力がありました。
「霊夢」と言うものでしょう。

この類の夢は聞けば聞くほど細やかな部分まで
教えてもらえるのが特徴です。



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by yumemiryoku | 2010-01-22 11:13 | 第4話 閻魔さまの夢

第3話 黄金の仏頭の夢

児玉さんはどんどん夢を見始めました。

ずず汚れた白い袋から
黄金の阿弥陀如来の頭を取り出して祀りました。


児玉  「ずず汚れた」っていうのは方言で、
     「手垢で薄汚れた」という感じです。
ルナ  ああ、なんかよく雰囲気が分かりますねえ。
     でも、それに入ってたのが如来の頭ですか?
    
児玉 そうなんです。それを袋から出してるんです。
     いったい何なんでしょう。
ルナ ええ~。分かりませんねえ。  
    ただ、仏像って、生きてないでしょ。
    そう言う意味では、形だけで、心が生きていないとか、
    そんなニュアンスですよ。

「黄金の如来の頭」とはなんか、すごいのですが、
夢に出てくる「仏像」は
「偶像に対する思いは不自然である」と言う事を教えています。

仏教が本来、偶像を作る事を戒めていた事を考えると、
それがよく分かります。

スピリチュアルに生きるには、仏像や人を通さずに
自分自身でつながらねばならない事を夢は教えます。


阿弥陀如来」とは光を擬人化したものです。
「南無阿弥陀仏」というのは
「無限にある光に帰依します」という意味です。

仏像に帰依するのではなく、
自分の中の光、言いかえれば、あまねく遍在する光を
見つけるのが本来の意味だと思います。

」は物を入れるもの。隠すものです。
袋がずず汚れるまで、見えないようにしていたのでしょう。

その中には、形だけのものが入っていました。
貴い仏像ではありますが、命のないものです。
しかし、黄金色でした。
金色」は「内に秘めた宝。天賦の才能です。」

児玉さんの資質の中に、
何か「黄金の仏頭で象徴されるもの」がある事を示唆しています。

それを袋から取り出したのですから、
これから、それを命あるもの、心あるものに
変えていかねばなりません。

それが、今からの課題なのでしょうね。

これも、今答えが出るのもではなく、
生涯をかけて、追及するテーマです。



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by yumemiryoku | 2010-01-15 13:59 | 第3話 黄金の仏頭の夢

 これは過去世から持ち越した課題を教える夢? 


六月の夢
インドで、蓮の花の台の上に座っている釈迦らしき人。
また、日本で台上で瞑想する人をみました。


今度は仏教の夢です。

山崎さんによると、釈迦らしき人と日本の人とには深い縁が感じられたそうです。
インドと日本をつなぐ縁。
一本の糸。

インドで教えを受けた人が、日本でその教えを伝えているのでしょうか。
台の上にいるのですから、歴史上、名の残っている人かもしれません。

これと、山崎さん本人との関わりは分かりません。

これまでの諸問題が解決したことへの祝福かとも思いましたが、
この先の「テーマの提示」の夢の可能性もあるな、と思いました。


 山崎さんは、セミナーの柱の一つである瞑想をしようとすると、
「おしゃべりをしていたい。」と言って、避けていたのですが、
いったん瞑想を始めると深く集中して、必ずなにかのビジョンを見ました。

この集中力は過去世で手に入れたのではないかと
私は考えるようになりました。

夢で過去世が出て来たら、
その当時の未解決の課題が、現世で出て来ているよ。
というサインです。


言い換えると、今現在、何か問題にぶつかっている時、
過去世にその原因がある場合に、その過去世を夢で見せてくれるのです。

この夢そのものが彼女の過去世と言う訳ではありませんが、
どうやら、瞑想した時代があるのは間違いないと思いました。

過去世とインテリア

さて、過去世を知りたいけど、怖いという人も多いでしょう。
直接思い出さなくても、どんな時代に生きていたかは
その人の部屋のインテリアに表れたりします。

言い換えれば、過去世の時代を推測するのに、
インテリアはよい資料になります。

山崎さんの家のインテリアの特徴は、
花が野の姿を思わせるように、活けられている事です。
そして、蓮の花の写真やイラストがいくつも飾られています。
蓮の花は仏教に欠かせない花です。
家の中にいても、どこか、野の優しい風情の中にいるようなインテリアです。
彼女の過去世に、花を愛し、瞑想を愛した時代があるんだろうなと
思いました。


あなたの本棚にはどの時代の本がありますか?

本棚はその人の過去世を知るヒントになります。
過去に生きた時代の本が並べられていることがよくあります。

あなたの部屋に
  エジプトの本が並んでいませんか?
  竜馬の時代の本が並んでいますか?
  ヨーロッパの本が並んでいますか?
  仏教の本が並んでいますか?
  アジアの旅の本ですか?

こころ惹かれる時代はまず、関わりがあったと思っていいと思っています。

自分の過去世を知りたい人は部屋を見回して見ましょう。
きっと、ヒントが見つかるでしょう。


 さて、夢セミナーに戻りますが、この日は、
たまたま私も「密教と曼荼羅(まんだら)」の本を持参していました。

それを、食い入るように見ている山崎さんを不思議な思いで見ました。
やはり、この日は仏教がテーマの日だったんですね。

それから数日してメールがはいりました。

宇宙の真ん中にへびがいる!? 

七月の夢
沢山の星がキラキラと宇宙のようなところ。
ど真ん中からポッカリと一匹の蛇の頭がのぞいている夢をみました。


これは宇宙空間の夢です。

そのど真ん中に蛇の頭がのぞいている、という原初的な夢です。
ヘビは嫌いだと言っていた山崎さんですが、
ここではすでに、「ヘビ」は、恐ろしいものではなくなりました。

よくよく考えると、すごい夢です。
この夢はいったい何を象徴しているのでしょうか。


宇宙の仕組みを表すものに、曼荼羅というものがあります。

ルナがかつて、奈良県の天河神社を訪ねた時、
ちょうど曼荼羅の奉納があっていました。
若いカップルがその絵を持って来ていました。

ミュージシャンのグループがたまたま居合わせていて、
その中のアメリカ人のメンバーが、その絵を見て、
「これは何だ」と驚いていました。
それに答えて、日本人のメンバーが言いました。
「システム オブ ユニバース。」

まさに、曼荼羅とは「宇宙の仕組み」を表したものです。

普通は仏が沢山描かれていますが、それは擬人化されたものです。
ですから、それを拝観する時は、仏を見ると言うより、
その本質は何かと思って見て下さいね。

さてさて、この夢を解釈するためのキーワードは「ヘビ」と「マンダラ」です。
たいへん大きなテーマです。

次回はこれを詳しく見ていきましょう。
まずは、「ヘビ」からです。

「ヘビ」はホント、誰の夢にも出てくる不思議な存在です。



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 さて、今日はこの第4話を推敲してから、
『地球への旅人たち』の推敲をしました。

すると、その日の話は「過去世の夢を見る時」という題でした。
今日は、過去世の夢の話を二つUPすることになります。
共時性が起こりました。
驚きです。

そちらの方では、もう少し詳しく説明しています。
小説が苦手な人も、ここだけでも見たら、参考になると思いますよ。
第74話 です。
サイドバーからリンクしてます。
よかったら覗いて下さいね。       るな

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by yumemiryoku | 2009-12-01 22:17 | 4話 釈迦らしき人の夢